落研と私(第3回)

筆者    林 文雄 (理工学部 昭和43年卒)

「落研と私」の第1回に読者から「ワセダの落研は、自分では落語を演じない」と言うような投稿が書かれていましたが、そんなことはありません。早稲田祭や慰問旅行では、私も一席演じました。その時はみんな適当な芸名を付けました。ほとんどは「~亭」とか「~家」などを織り込んだダジャレですが、いくつか紹介しましょう。時代背景が伺われるものもあります。
「可愛家林吾」、「別鮫亭夢う朝」、「花形家飛郎」、「男家度胸」、「売虎亭C朝(注1)」、「愛志亭蝶大」、「楽志家泥斗」、「友西亭苦楽」、「美優亭左ろん」、「馬太家舞楽」、

それなりにきれいな名前をしては、(本物の芸人にありそうですが…)、
「恋路家志のぶ」、「成田家江楽」、「迷家色香」、「笑門来福」

早稲田らしい名前としては、
「都家西北」、「仰げ家荘厳」、 ほかに漫才で「青雲ひかる、太陽もゆる」というコンビ名も考えたが、すぐにはわかり憎くシャレが通じないのでやめた、という話を聞いています。

バカバカしい名前としては、(塁はベースと読みます)
「ABC亭EF治」、「世露亭プー」、「襟座塁亭らあ」、

それではクイズです。次の芸名は何と読むでしょうか?(答は末尾)
「和菱家ゝ我」、「風月亭円ヶ朝」、「0亭”1」

慰問: 学生時代、老人ホーム慰問での公演です。

現在、カルチャーセンターなどで落語を教えている所も多いようです。
その中に「三遊亭圓王」という真打の噺家が指導している塾がありますが、そこでは卒業のお墨付きをもらうと、師匠の圓王さんから「三遊亭XX」という名前が貰え、「社会人落語・三遊会」としてお江戸日本橋亭などで公演するのだそうです。

私個人的には、素人が「三遊亭」を名乗るのは、ちょっとどうかな?という気がする(注2)。趣味が高じて他人に噺を聞かせたくなる気持ちはわかるが(まるで落語の「寝床」だね!)、都家西北や可愛家林吾の芸名で出ればよいので、プロと素人のケジメは必要だと思うのです。

もっとも立川談志さんが立川流を始めたとき、宣伝と金集め(入会金&会費)を目的に、有名人を弟子にとったことがありました。たしか高田文夫が立川藤志楼、ビートたけしが立川錦之助でしたが、一般人にも「立川XX」の名前を与えていました。それと同じかな。

私個人の話になりますが、今はネットなどでのハンドル名(ペンネーム)を「はの字」と称しています。これは名前の初めが「は」の字であること以外に、こんないきさつがあります。

昔からある都々逸に「七つ八つからいろはを覚え、はの字忘れて色ばかり」と言うのがあります。私も五十の坂を越えてから体にガタが出て来た。これは「はの字を忘れて酒食に溺れた?せいだ」と反省し、初心に戻って「はの字」を名乗ることにしました。もちろん今は高座に出る事はないので芸名ではありません。

なお、この都々逸には続きがあって「はの字忘れて通ってみたが、ロハでは続かぬ色の道」と言うんだそうです。ウ~ン、奥が深い。

本牧亭: 2010年本牧亭で司会をやった時のもの。高座には上がっていません。

(注1)1960年頃から植木等が使って流行ったC調(調子いい)に、1964年の東京オリンピックで話題になったウルトラCをかけたものだが、他の大学の落研で、「志い朝」の名前を使っていたので、遠慮したのか採用されなかった。

(注2)三遊亭遊三さんの教室の卒業生は「参遊亭XX」を名乗っています。

《クイズの答え》
「侘しやチョンガ」、「不潔亭エンガチョ」、「レデイファースト」

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